イミテーション・ゴールドは歌だけで充分。

 仕事などで嫌なことがあって体調は良いのに気力が萎えそうなとき、私は焼肉を食べる。かんてきで肉をジュージュー焼くうちに気分はなごみ胃腸も活性化する。シメに冷麺をすするころには気分もすっきりして「明日もがんばろう」という気分になってくるというものだ。
 さて今日も家族で焼肉を食べに行く。内代近くの“ムグンファ”か天満の“玉一”、あるいは京橋の“松井”、このあたりが行きつけの店だが、最近は飲酒運転の取り締りが怖いので車を出したくない。そういえば焼肉にしてはしゃれた趣の店がこの近くにもオープンしていた。あれは最近あちこちで見かけるチェーン店だがなかなか繁盛しているらしい。まあ先述の店には肉質はとうていかなわないだろうが、いっぺん行ってみるか。ということでやって来たのが“炭火焼肉「失角」”である。


 しゃれた店内は若者グループやカップルでにぎわっている。
「なんかいっぱい食べたことないものが載ってるで、『あんちゃんハラミ』『もくもく焼き』…。うーんわからんけど行っとこ。サムチュあるやん、これも。あんたテッチャンも食べるやろ。」
どんどん注文する調子乗りの妻。
「おいおい、そのように一度に頼むでない。金はあるのか。」
「そやけど見てみこの値段。どうせ薄い肉に決まってるで。」
メニューを見て驚いた。どの品も500円程度である。普通の焼肉はハラミやツラミでも600円程度、上カルビなどは1,200円以上するのに。まあこれほど安ければ何でも良いか。それにちゃんとかんてきを使う炭火焼きなのだ。なかなか感心である。
 オーダーを取ったバイト店員がその足でキムチを持ってきた。なんという早さだ。小鉢に盛って置いてあるのか。ぬう!このキムチ…これキムチか?全然醗酵しておらぬ。野菜くずをキムチ調味液に漬けたみたいだ。それに一番上にきれいな白菜をかぶせてあるのは何だ。こんなことに手間かけるのならもっと他にやることあるだろう。
 肉が続々登場する。なんだこのアートポスト紙並の薄いタンは。薄すぎてうまいのかまずいのかわからぬ。上から見ればいっちょまえのボリュームなのに。他の肉もしかり、あまりに少量なので空の皿ばかり増えるではないか。うむ『もくもく焼き』とな?、これは豚の脂身ではないか。こんなものを直火で焼けば…、ほれみろ脂が落ちて煙がモクモクと、ん?そうか。これは一本とられた、だから『もくもく焼き』か。しかしこんなものわざわざメニューにしおって、ふざけているのか。
 サムチュだけやたらと盛りが良いではないか、と葉を取ったらなんじゃそれ、グリーンリーフだ。いや私の手にある葉は確かにサムチュ。おのれ、またこれも手前の三枚だけ本物のサムチュで、あとの多数は偽物だ。うん?なんだってまな娘よ。ふむふむ、『ウソつきじゃないよ、グリーンリーフはサムチュの付け合せと考えればよいのよ』ってか。お前はやさしいのう。バカもの!金をとってサービスするプロを、そうやって甘やかすのはかえって失礼だよ。


 はっきり言おう、「失角」はその名の通り、食べ物屋として「失格」である。安物だから言うのではない。うまくないから言うのでもない。この値段でこの店構えで炭火焼肉を提供するという初志や良し。それでそうたいしたものが食えるとは誰も期待はすまいよ。ならばどうして正々堂々と「キムチ風浅漬」と書かない。「豚の脂身」と、「グリーンリーフ」と、なぜ書かない。なぜ薄く切って量を減らす。数を減らしてその旨書いておけばよいではないか。薄い肉なら炭火で焼く意味もないではないか。メニューの名前と見た目(写真写り)だけかっこつけて、本質的なサービスである『客にうまいものを食わせる』ことを二の次に考える、客をバカにしておるのだ。こんな飲食店は繁盛させてはならない。

※編集部註:
「しかし先生、そんな気難しいこと言わなくても、そんな例は商売ならいっぱいあるじゃないですか。大人げないですよ。」
「その分別くさい考え方がろくでもない店をのさばらすのだ。客が苦情を言わないとなれば偽物のキムチで充分、薄い肉で充分、店員もバカで充分。経営側としたら当然の合理的な判断だ。店が悪いのではない。ものわかりの良すぎる客が悪いのだ。」
「しかしそのことをバカバイト店員に言ってもはじまらないのではないでしょうか。彼らはしょせん時給ですから、店にはなにも伝わりませんよ。」
「 たとえバイトであろうと店員をやる以上プロなのだ。プロのサービスが出来てあたりまえ。それを甘やかしているから彼らはいつまでも一人前になれんのだ。大人がみんな苦情を言えば、心あるものならきっと店主や上層部に上げるはず。またそうしたしくみのないチェーン店は早晩つぶれるのだ。だからな、あのような偽物を出す店には決して行ってはならないのだ。」

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