店のおばさんからして、見るからにHOT!。

 私は元来辛い食べ物は好きである。タイ料理でもトムヤムクンはもちろん、青トウガラシとニョクマムを混ぜたタレなども好んで使う。もともと熱帯地方で辛いものが好まれるのは、いわゆる夏バテ状態の食欲をムリに増進させるためだとの説もある。ならばアフリカ料理が辛くなくて韓国料理が辛いのはなぜか、ということでこの説もあてにはならんと思っていたのだが、この店のカレーを食べて、あながち間違いでもないと思ったぞ。

 路地にある場末のスナックのような小さな店だ。カウンターだけの席は昼時はすぐに満員になる。カウンターの中には辛子色のカーリーへアーの女傑が鎮座しておわす。
 きっと頭からカレー粉をふりかけたのであろう。

 メニューはカレーのみ。客が来ると巨大な皿を取り出し、ライスを盛る、さらに盛る、ちょっと周囲をたたく、さらに盛る…。「あれは何をやってるのかなあ」「大盛りなんとちがう?」「けど今食べてないの君と僕だけやで」「えっ」。見ると巨大な皿いっぱいのご飯の上にゆで豚肉の塊状のものを4個ほど載せた。そしてどろどろと焦げ茶色のルーを上からたっぷりかける。

 「はい、どうぞ」。やっぱりこれが普通の盛りだったのだ。食べきれる自信はないが、とりあえず一口、
「ん?…かっかっかっからーい」。
普通 、うまくてからい料理は、最初にちょっと辛みを感じた後にすぐにうま味に圧倒され、その後またじんわりと辛くなってくる。ところがこのカレーはうま味なんて感じるヒマがない、というかうま味がほとんど無いのではないか。とにかく口の中がヒーヒーだからめしをかき込む、めしだけでは食えないからカレーを一口、するとまたヒーヒーに、そしてめしを…、汗だくになってこれを繰り返すことで巨大な皿のカレーライスを制覇してしまった。

 思えば私の郷里(滋賀県北部)では若狭名物の『へしこ』という魚の加工品をよく食べた。塩とトウガラシを混ぜた米ぬ かに漬け込んだもので、ぬかごと焼いて食べるのだが、これが塩辛いの辛いのって。私の父親は「これ一匹あれば朝昼晩とおかずになる、他のものはいらん」と言っていた。なるほど貧しかったのだなあ、と目頭が熱くなったのは思い出からではない。カレーがあんまり辛かったのだ。

※編集部註:その日、海原天保山先生は夕食をすこししか召し上がられませんでした。翌日お会いすると、「まだゲップが辛いわ、バカモノ!。辛ければ良いというものではないぞ中川」。と腹をさすっておられました。

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