回転する父と娘、そして火星から来たアスペルガー
年末であわただしい夕刻、能天気な着信音は私の19歳になるアホ娘である。
「母から電話がありまして… 今日の晩飯は私らふたりで適当に、と。」
「なにい!どういうことだ。さては息子の愚行に堪えかねて家出か。それとも若いツバメと手に手をとって逐電か。うむ最近とんとごぶさたであるしなあ…。」
「どさくさに暴露せんでよろしい。いや母は忘年会なのですよ。」
「なるほど『♪わすれでーじゅまいたいーごとやーあ♪(河島英伍のまねで)』というわけだ。そりゃあ年のことは忘れたいだろうて。」
「何を言うとるんだあんたは。とにかく何かササッと食べましょう。」
「じゃあ、回転するか!」「よし回転しようぜ!」
てなわけで手に手をとってフォークダンスでくるくる回りながら出かけた毛馬にあるこの店、『すし職人が握る回転寿司』という売りですぐ近くにある巨大な“マリンポリス”よりもうまいことは承知である。さて回転するぞ。
ところがなんということだ、すしがない。目の前にはベルトコンベアがスルスル回っているというのに、その上にはすし皿はなく、『本日のおすすめ、活ヤリイカ』などと書いた立札がむなしく回っているだけである。
「ちょうど客が少なかったからね。そのうちどんどん握って回してくれるよ。」
と娘。するとコンベアの向う側から意外なひと言が!
「お好きなもの握りますから言って下さい。」
なんと、回転寿司なのに一般店のように注文せよと言うのか。ううむしょうがない、まあにぎりたての方がうまいからなあ。じゃあトリ貝と鯛でもいっとくか。おお握ってくれとる。えっ、しかしやっぱり直前のコンベアに皿を載せるのか。見ると注文のネタを出したついでに同じものを4皿ほど握っている。しかしこれではバラエティに富んだネタが出てこないのではないかな。
心配は的中した。客は3組ほど居たのだが、それでも回るネタの種類は少なく、いちいちお品書きを見ながら(えーっと、さっきマグロ食べたから今度はイカがいいかな。でもどんなイカかわからん。シャコあるかな。でもショボイ冷凍シャコはまずいしなあ。めんどくさいから2つ3つまとめて注文したいしなあ。)などと考えなきゃいかん。
『ええいっ!回転せぬ寿司なんぞ食わぬわっ!』
私ら親子は金がないわけではないのだ。回転寿司店へ行く理由は以下だ。
(1)店員と口をきくのが嫌
(2)他の客の声を耳にするのが煩わしい
(3)品書きからネタを類推するのがめんどう
(4)注文したものは食わねばならん、その責任を負いたくない
すしも好きだが孤独と自由がもっと好き、
そんな人々のために回転寿司はあるのだ。
結局一般すし店に行ったのとほとんど変わらぬ気苦労をした私ら親子は疲れ切って店を出た。「回転しなかったね。回転しなかったね。」と言いながらオクラホマミキサーを踊り、自分たちだけでもむなしくクルクルと回転するのだった。
※編集部註:
「しかし先生、一般の回転寿司店は機械化して安さを競ってばかりですから、ちゃんと握りたてを出してくれるこの店は良心的ではないですか。」
「だれがそんなこと望んどるのだ。ワシはむしろ酒や汁物の注文や勘定も全自動ボタン式にしてもらって、ついでに座席ごとにパーティション立てるとか個室にするとかして、入店から出店までひと言も話さず誰とも眼を合わさない、そんな寿司屋ならひと皿300円からでも良いと思っとるのだ。金がない者は寿司を食わずにケーキを食えば良いのだ。」
「まあお父さま、マリー・アントワネットみたいでご立派ですわ。人と会うのは疲れます。口をきくのはもっと。電話ですらおっくうですもの。」
「ほうか、それは寿司屋の問題やなくて、あんたらアスペルガー症の問題やと思うけどな。」
「“症”とはなんだ。わしらはむしろ“選ばれし民”なるぞ。」
「そうそう、その通り『♪アーッ・レ・ルッ・ヤッ♪(ソプラノ歌唱)』ですわ。」
|