屋台味の 正体見たり 大資本

 ひさかたぶりに梅田に出て、新しいラーメン店でも開拓するかと思っていたところ、「極・屋台味ラーメン」とのぼりが立つ新店を発見した。店前の案内によると素材のひとつひとつ産地までこだわったようす。紺地に白抜きの大のれんといい、清潔感ある白い壁といい、最近人気のうまいラーメン店のたたずまいをすべてクリアした感がある。「とりあえずはよく勉強されておられるようだ」と思い入店した。

 店内は屋台味とはうらはらにきれいでおしゃれな店だ。だが立働いているのはどう見ても年若いアルバイト風。屋台引きから立身した頑固オヤジは見えない。この一等地にこれほどの店を出し、素材にもこだわる店主が他人に味を任せるはずはないのだが…、といぶかしく店内を見回すと、開店祝いの花輪がいくつか。
『よるかいや(仮名)○○店 さん江』

 だまされた!『寄るかい屋』だったら寄るかいや!
この海原は知っておるぞ 。近辺に『門外不出の屋台味』と称してそれふうのレトロな店構えを出し、『屋台を引いてン十年…』などとウソ八百の作り話。裏へ回れば自家製麺とは名ばかりの麺箱が山積みで、箱にはちゃんと「大阪金将・ラーメン事業部」と印刷されておるわ。その『寄るかい屋』も最近の本物指向ラーメンブームでは苦戦と見て、さらに新しい衣をまとうとは…。まこと不埒な悪行三昧、お天道さんがお見通しよお。てめえら人間じゃねえ!叩っ切ってやる! 

 いやいや興奮して時代劇になってしもうた。しかしこの海原、いたく感心いたした次第。いわゆる“行列の出来るラーメン店”ブームをしっかりリサーチしたのだな。客の多くはたいして味の違いなどわからず、情報を食べに来ていること。その情報がラーメン一杯700円以上という単価になること。それには大きくなりすぎた自社ブランドがじゃまになること。みごとなマーケティングだ。

 “へんこなおやじが追求したラーメン道”というロマンも、結局はこうして大資本に利用されてしまうのか…。いやいや、そんなに世間は甘いものではないと信じたい。などと考えながら、無駄にふくれてしまった腹をさすって家路についた私であった。(嫌ならそんなに食うなよ)

※編集部註:
「驚きましたねえ。そこまでやりますか。」
「さよう。堂々と自社ブランドを名乗ればよいのにな。彼らにはプライドというものがないのか。職人ではない会社員だからこそできるのだなあ。」
「いや、私が“そこまでやるか”と言ったのは先生のことですよ。店の裏へ回って麺箱を探し、はてはごみ箱の中までのぞきますか、普通。」
「ばかもの。普通でないからワシなのじゃ。積んでおいたらすぐばれると思い、巨大なごみ箱に隠しおったか。それもな、以前は“大阪金将”と箱に大書してあったのに、今は“寄るかい屋”のロゴが大きくあり、社名は裏に小さく書いてある。それを目ざとく見つけるのはパッケージ印刷にも詳しくないとな。」
「さすが広告物制作20年の先生ならではですねえ。」

「なに?、わしは知らんぞ。そんな資本主義のアブクのような仕事、誰がするか。」

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